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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)796号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの連帯負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、原判決三枚目表九行目「治療費」の次に「付添費」を挿入し、同一一行目「(三割)」の次に「および付添費」を挿入し、同五枚目のうら六行目「金六六六万二、五六一円」とあるを「金六七三万一、〇三一円」に、同六枚目表三行目「金六二九万五五六一円」とあるを「金六三六万四、〇三一円」と各訂正し、同六枚目うら九行目「被告等は」の次に「原告主張の入金額のほかに」を挿入し、同七枚目表二行目「第三号証の一乃至一五」を「第三号証の一乃至九および一三乃至一五」と訂正し、同五行目「第一四号証」の次に「の一、二、第一五号証の一乃至九、第一六号証」を、同六行目「原告本人尋問」の次に「(一、二回)」を、同九行目より一〇行目「第一四号証の」の次に「一の」を各挿入し、新たに当審において、被控訴代理人において甲第一七号証の一、二、三、同第一八号証の一、二、同第一九号証の一、二、同第二〇号証の一ないし七、同第二一号証の一ないし八、同第二二号証の一、二を提出し、当審証人奥藤稔、同飯野フサの各証言を援用し、乙号各証の成立を認め、控訴人ら代理人において乙第一号乃至第一三号証を提出し、当審証人大庭寿雄、同清家隆の各証言ならびに当審における控訴人奥精本人尋問の結果を援用し、当審提出の前記甲号証につき、同第二一号証の二乃至八の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

(一)  当事者間に争いのない事実、控訴人奥精の運行供用者責任、被控訴人の傷害および後遺症についての当裁判所の判断も、原判決七枚目うら五行目「支払つ」とあるを「受領し」に訂正するほかは原判決理由冒頭より同九枚目表七行目末尾までの理由説示のとおりであるからこれをここに引用する。

(二)  そこで被控訴人の蒙つた損害につき判断するに、治療費、付添費および入院中の雑費についての当裁判所の判断も原判決九枚目表九行目より同一〇枚目表八行目「損害額と認められる。」までの理由説示のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決九枚目うら八行目「通常用する」を「通常要する」に訂正し、同一一行目「原告本人尋問」の次に「(第二回)」を挿入する)。

(三)  しかして退院後の雑費につき判断するに、〔証拠略〕を総合すると、被控訴人は九州大学附属病院を退院した際、以後毎月一回宛通院するよう指示され、昭和四四年五月より同年一一月まですくなくとも七回通院し、その交通費として一回五二〇円宛合計金三、六四〇円を支出したこと、また退院直後より昭和四五年八月中旬頃までの約一年四ケ月間、一ケ月二〇日程度温泉治療を行い、その入湯料ならびに交通費として一日金九〇円宛合計金二万八、八〇〇円を支出したことが認められ、右のほか雑費支出を肯認する証拠はない。なお原審証人中原獅郎の証言および原審における被控訴本人尋問(第一回)の結果によると、右温泉療養は後遺症状の軽減および機能回復に効果があり、かつ、被控訴人が膝関節の機能障害のため自宅の風呂を使用することができなかつたことが認められ、これに前示引用にかかる後遺症の部位、程度ならびに支出金額を併せ考えると右温泉療養のための出費も本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(四)  次に医療用機械の購入費につき按ずるに、〔証拠略〕によると、被控訴人は昭和四四年五月五日頃、サナモア光線治療器を金四万三、〇〇〇円および超短波低周波治療器(コメツト健康器A二型)を金二万円で購入し、また同年八月七日右サナモア光線治療器に使用するカーボン金五、四七〇円相当を購入し、これらの治療器具を使用して自宅で毎日治療していることが認められる。

しかし、右治療器具は医師の指示に基き購入したことを確認する証拠はなく、サナモア光線治療器が被控訴人の後遺症につきいかなる治療効果をもつものであるのかこれを確認する証拠もないので、(甲第六号証の二をもつて右確認の資料とすることはできない。)、右治療器とその附属のカーボン代金は本件事故と相当因果関係のある損害とは認めがたい。超短波低周波治療器については、〔証拠略〕によると、筋肉のこわばりや疲れを癒し、膝関節部の運動機能回復にも治療効果があることが認められ、後遺症の症状に照らし他の治療機関においてマツサージ治療を受けた場合、その出費は相当損害の範囲に属し、かつ予想されるその費用と対比し右器具の代価が高価とは目し難いところから、右器具購入費は本件事故と相当因果関係のある損害とみるべきである。

(五)  そこで逸失利益につき判断する。

(1)  〔証拠略〕によると、被控訴人は小学校教諭として約三五年間勤務し、退職後は音楽(主としてピアノ)および書道の家庭教師として各家庭に出張教授し、健康で、毎月少くとも金五万円の収入を得ていたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

しかして、〔証拠略〕によると、被控訴人は昭和四五年二月一二日まで九州大学附属病院に通院し、同日頃までには症状が固定し前示後遺症がのこつたのであるが、本件事故後右症状固定時までの約一年四ケ月間は稼働することができなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして右期間中における得べかりし利益は金七〇万円となること計数上明らかであり、被控訴人は同額の損害を蒙つたというべきである。

(2)  また、〔証拠略〕によると、被控訴人の後遺症は労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の九級或いは一〇級に該当し、労働省労働基準局長通達に示された労働能力喪失率表に照らすと、その喪失率は三五パーセントないし二七パーセントということになる。しかしながら、労働能力の喪失の程度は被害者の職業と後遺症の具体的状況により、右喪失率を斟酌しつつ、その程度を判断すべきものと解せられるところ、〔証拠略〕を総合すると、右大腿部に筋萎縮があり、膝関節の可動時の疼痛が強く、日常の起居に苦痛がともない杖なしでは直ちに疼痛を生じて歩行が不能となり、膝関節の屈曲制限から正座もあぐらも横座もできず、乗物の乗降にも他の介添を要し、雨天時には傘をさしての歩行もできないところから、被控訴人は本件事故以来従前の家庭教師をやめてしまつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、かかる情況に鑑みると、被控訴人が従前のごとく出稽古に出廻ることは極めて困難であり、かつピアノを演湊する姿勢も、また徴妙なペタル操作もできがたく、被控訴人のピアノの教授は不可能とはいえないまでもその範囲は初歩的なものに制限され、それ故にかかる悪条件を背負つた被控訴人の許に教授を願う子弟も極く狭い範囲に限られるものと推認され、声楽、バイオリン(従前は極く少数であつた)の教授がピアノの場合に比し前示後遺症による阻害が少ないことや、また書道教授が畳に座る方式でなく椅子に座る方式により可能であると一応いえることを考慮に入れても、被控訴人が家庭教師に従事した場合、その収益は従前の一割程度と推認され、その労働能力は九〇パーセントを喪つたものと認められる。そして弁論の全趣旨によると、被控訴訴人は前示症状固定時満六三歳であつたことが認められ、前示経歴、後遺症の程度を考えると他に新たな職に就くこともできがたいものと考えられる。

かくて、もし被控訴人が本件傷害を受けず健康体であつたならば、その職種に照らし前示症状固定以後さらに七年間は従前の家庭教師の仕事に従事し、一ケ月金五万円宛の収益を挙げえたものというべきであるから、右期間中における逸失利益の現価を複式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、金三一七万二、一二二円となる。

(六)  精神的損害および弁護士費用に関する当裁判所の判断は原判決一二枚目表冒頭より同うら五行目末尾までの理由説示と同一であるからこれを引用する。

(七)  してみると本件事故によつて被控訴人が蒙つた損害額は合計金五〇九万九、六〇二円となるところ、金一二一万七、〇〇〇円の損害填補がなされたことは当事者間に争いがないので、これを控除すると、金三八八万二、六〇二円となり、控訴人らは被控訴人に対し右金員とこれに対する本件事故発生の日の翌日たる昭和四三年一一月二六日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

さすれば右請求権の範囲内で被控訴人の請求を認容した原判決は、被控訴人から控訴のない本件においては結局正当というべく、これに対する控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江啓七郎 藤島利行 前田一昭)

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